2009年 08月 10日
フィレンツェの街をぐるり
ドゥオーモを上った後、メディチ家礼拝堂へ。中は修復中で足場が組んであったり、あるべき彫刻もどこかへ移動されて無かったり。残念!
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ミケランジェロによる「ロレンツォの墓」「ジュリアーノの墓」は良かった。石膏デッサンで見かけるジュリアーノ・メディチですね、画像の真ん中の人。(館内撮影不可の為ネットの拾い物)
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昼、前日夜に食事した先輩とサンタ・マリア・ノヴェッラ教会で待ち合わせ、ぐるりとフィレンツェを案内して頂きました。観光雑誌には載っていない様なマニアックな教会を幾つかまわった。マニアックとはいえ、教会の絵などは大学の授業で見た物ばかり。イタリアとはほど遠いアジアの片隅の、大学でみた数々の作品スライド…この地にこうして現実的に普通に散らばっていたとは。


バスで丘を上りミケランジェロ広場へ。
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さらに坂を上へ歩いて行くと、サン・ミニアート・アル・モンテ教会へ。教会敷地からみた風景。フィレンツェの街が一望できます。
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教会の中は薄暗くひっそりとしていました。設計は13世紀に建造されたロマネスク様式のものとのこと。

しばらく教会で一息つき、バスで再び街中心部へ向かい、この日は駅近くで先輩と別れた。
いろんなものが見れて楽しかったです。本当に感謝です。

いろいろ見てると、誰が何をいつ作ったなど、人物相関図や時系列関係がごちゃごちゃになってきて一度整理してみないと若干混乱してしまいます、僕は。
しかし面白い!
もの凄い量と質と人と…本当にいろんな人が色んな物を残したんだな、と現実を目の前に感慨深い。刺激的な街です。

# by unokazu | 2009-08-10 23:16 | art
2009年 08月 08日
フィレンツェ ドゥオーモ クーポラ
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フィレンツェの象徴的な建築物であるドゥオーモ。大聖堂の天蓋が特徴的。 1420年ブルネレスキによってクーポラ(丸屋根)建設開始、1434年に完成したそうです。

クーポラには463段の階段をつかって上る事が出来る。
本当は前日の朝一番のすいてる時間帯に行こうと思っていましたが、その日は何と休み!
英語圏の高校生風の団体も一緒に並んでいましたが、その団体の先生が「わ!ごめん!今日休みだわ!!」みたいなことを言い出して、僕らにもクローズだよと教えてくれてその日は団体共々ドゥオーモを後に…。
翌日の朝一番、再び昨朝の高校生たちと一緒にオープンを待ちました。c0053436_1143624.jpg



大聖堂の裏側の入口から、延々とこのような薄暗い階段を上って行きます。高校生たちと一緒だったので結構賑やかではありました。






階段を上って行くと頂上間近の開けた通路へと。
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かなり高い場所まで上ってきたのだとここで分かる感じでした。クーポラ内側はヴァザーリと弟子らによるフレスコ画。断崖絶壁にちょこっと飛び出た通路といいますか、下を見ると恐ろしい。
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石造りということですが、微妙に石が水平じゃなくてガクガクしていて少し怖かった。
眺めはもの凄く最高。ギラギラの光線を浴びた街はキラキラと光っていました。
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# by unokazu | 2009-08-08 02:13 | art
2009年 08月 06日
フィレンツェ
僕の未公開作品画像を何枚かアップしました。ギャラリーよろしくお願いします。

引き続きフィレンツェの話を。
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アカデミア美術館前。まったく美術館入口らしくない、路地裏感です。イタリアの美術館入口は日本のように派手じゃないようですね。
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注目は、ミケランジェロ(1475〜1564年)のダビデ像。(撮影不可なのでネットの拾い物)1501〜1504年に作られた作品。約4メートル。もの凄く存在が強かった。
僕が行った時は、20代前半の地元学生と思われる人たちがチラホラとダビデ像を遠巻きにデッサンしていた。みんな熱心。近場にこういった学びの場があるのは凄く良い事ですね。
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この日の夜は、文化庁芸術家派遣でフィレンツェ留学中の、先輩夫婦(共にムサビ油絵科卒)と夕食を一緒に食べた。先輩におまかせで店に入ったのですが、どれも凄くおいしかったです。とくに肉のボリュームは凄かった。ほとんど生肉状態で味付けはあっさり塩こしょう。柔らかくてうまかった!
いろんな話も聞けて面白かったです。奥さんがイタリア語ペラペラでビビりました。

# by unokazu | 2009-08-06 20:24 | art
2009年 08月 06日
フィレンツェ
半日かけてウフィッツィ美術館で鑑賞。メディチ家の財力を結集したルネサンス美術のすべてがここにある。2500もの展示品が並ぶそうで、確かに見るのが大変でした。後半は麻痺してちょっとでも興味のないものはチラ見で通過してしまったりも。何日もかけてじっくりゆっくり観てみたいところでした、ほんと。
僕が今回楽しみにしていたのが、ボッティチェリ(1445-1510)の作品。
ぱっと目に入った瞬間「うわぁ!!!」と思わず声が出るくらい衝撃を感じました。ずっと見たかった作品です。
イタリアの美術館はノーフラッシュで撮影可能な場所が多いですが、ここでは監視員に「ノーフォト!」と注意されました。3枚くらい撮った後でしたが…。結構皆バシバシ撮っているので監視員も大変そうでした。
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1477-78年/205 x 315 cm
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1485年/172.5 × 278.5 cm

大きな作品でした。そしてボッティチェリは猛烈に制作をしている。凄いです。
依頼者による安定した収入と制作環境と作者の能力と、いろんな要素が揃わないとやっぱり良い作品は生まれないよなぁ、と見てて感じたりもしました。

それにしてもボッティチェリの作品はいずれも暗い印象を持った。もの凄く手厚い保護を受けているので照明も暗く、本当にこんなに暗い色なのか、何だか色味がよく分からないような気もしました。日本で僕が関わる展示などはばっちりスポットに当てられるので、その感覚に慣れてしまったのかどうか…。
画集で見ていた印象とは違いましたが、体で感じるスケール感はさすが!ボッティチェリの手の動きと体の残像を想像しながら、自分と照らし合わせて観てみると膨大なエネルギーが注がれているのをなおさら実感できた。
土地や宗教や文化や…自分との差異を埋めるには様々な情報を吸収せねばなりません。目に見える造形要素との対峙に重きを置く見方だけではなく、もう1、2歩突っ込んでゆっくり対峙してみたいです。


ミケランジェロやダヴィンチが活躍していた時代に、1492年新大陸発見のコロンブス(イタリア人)もいたり、何だか凄い不思議な時代です。特にフィレンツェはあたかもルネッサンスで時が止まってしまった様な街ですが、あまりにも強力な文化過ぎて上書き出来ない(というかしなかったのか)のも、うなづけます。

# by unokazu | 2009-08-06 03:37 | art
2009年 08月 04日
フィレンツェへ
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ミラノから特急列車でフィレンツェへ移動。
フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅前の景色。建物の色やデザイン、石を敷き詰めた道、とにかくフィレンツェは統一感がありました。
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早朝、駅近くのホテルから歩く事約1キロ。アルノ川に架かるヴェッキオ橋。以前からその場所にあった橋は洪水で流され、現在の橋は1345年に再建されたものだそうです。1593年、トスカーナ大公となったメディチ家の私邸であるピッティ宮と公邸であるヴェッキオ宮を結ぶ回廊(ヴァザーリの回廊)が出来たとき、それまで肉屋が占めていた橋の上は金銀細工の店に入れ替わったとのこと。今でもなお宝石店が橋の上に連なっていました。壁の色などがカラフル。
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水を買った売店も色がカラフルで目が気持ちよかった。

# by unokazu | 2009-08-04 00:46 | art
2009年 08月 03日
ミラノ
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ミラノのドゥオーモ前にて。この大聖堂ドゥオーモは1386年にジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの意向により着工し、約500年の時を経てナポレオンの命により完成。世界最大級のゴシック建築として知られているそうです。
とても立派な建築でした。白色が眩しかった。
世界各地、日本にも言える事ですが宗教心が駆り立てるエネルギーはもの凄く巨大です。
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ドゥオーモ横にはヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア。1865年から1877年の間に建設されたガラスのアーチのアーケードです。いろんなお店が密集していて多くの人が行き来し賑わっていた。
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ドゥオーモからアーケードを抜け歩いてポルディ・ペッツォーリ美術館へ。ミラノの貴族の邸宅を美術館にしていて、階段などが特に当時の暮らしを醸し出していました。
ピエロ・デル・ポライウォーロ(1443〜1496)「若い貴婦人の肖像」(1470年頃/45.5 X 32.7 cm)はとても良かった。日本サイズだと8Pくらい。
とってもさっぱりしていて好きな作品。
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こちらはボッティチェリ(1445〜1510)の「書物の聖母」(1480年/58X 39.6 cm)、日本サイズで約10P。
実際見るとかなり暗くて印象は全然違っていた。きっと変色してしまったんだろうなぁと想像。デフォルメされた輪郭線が浮世絵にもちょっと似ている様な気もしました、不思議と。

# by unokazu | 2009-08-03 03:09 | art
2009年 08月 01日
ミラノ
今日は支持体作りに励みました。しばらく作っていなかったので、久々な作業です。
では、イタリア日記の続きを。
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スフォルツァ城から歩いてサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会へ。教会の前はちょっとした広場になっていて、観光に訪れたアジア系の人たちが何人か居た。人はそれほど多くはなかった。
入館がほぼ予約制になっているとのことで、予約者くらいしかその場に居なかったのかもしれない。教会の敷地はそれほど広くもなく、現代の住居に浸食されながらポツンと残った教会といった印象。閑散としながらも、しかしながらここには強力な文化遺産、レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」があるわけです!(館内は撮影不可なので画像はネットの拾い物)
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展示部屋に入った瞬間…「うわ!!デカイ!」と衝撃。そしてフォルムの柔らかさと色彩のリズムにまた感動!だいぶ思っていた印象と違っていた。

1495年から98年頃に制作された作品。
卵と油を混ぜた折衷型の技法により制作された為、痛みが相当激しい。レオナルドが存命中に顔料の剥落があったそうです。痛みが激しいので当時の実際はよく分からないが、現時点で見ると肌の陰と衣服の陰の描写の違いに目が行きました。顔などにはしっかりと濃い陰が付けられているが、衣服は色面の様にも見えた。顔に当たっている光の強さからすると衣服の陰はある意味不自然で同一光源では無い様な印象も受けた。しかしながら逆にその状態が心地よい。暖色、寒色のリズムが心地よく並べられていて、画面の中で僕の目が自然と遊泳している様でもありました。
さらには背景のシャープなコントラスト。緩急の造形がとても心地よかった。

普段制作していて思うのですが、同一光源にもたらされる光と陰の法則をそのまま絵に転写するように描くと、意外と「光から陰」「陰から光」といった様な単純な視線誘導になってしまい、平面上の視線の流れが安易になってしまう様な印象を僕自身感じていたりします。
造形の強弱やリズムの力で、作品自体の世界観を操ってより自分の感覚に近づけようと、常々感じていたりもするところです。

レオナルドのこの作品は、イエスが「あなたがたの中に私を裏切る者がいる」と告げた瞬間のシーン。手の動きや顔の表情、衣服の色彩の選択、室内のデザインや全体構成。1枚で魅せる作家の能力は計り知れない…凄かった…。この絵は、その他様々な要素を含む謎に満ちた魅惑的な作品ですが、その話しはまたの機会にでも。


続く。

# by unokazu | 2009-08-01 22:36 | art


    


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